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仮面舞踏会

これらのイベントや行進は、15世紀のルネサンス期のイタリアで、参加者が仮装して行われる公的な祭典に発展した(イタリア語では maschera と呼ばれた)。一般的に上流階級の成員のために行われる凝った舞踏会で、特にヴェネツィアでは仮面をかぶって行われる「ヴェネツィアのカーニバル」の伝統と結びついたため人気を博した。

17世紀・18世紀にはヨーロッパ大陸全土の宮廷でヴェネツィア式仮面舞踏会は人気となった。あまりに人気を博しすぎたため、仮面舞踏会は風紀を乱す元凶であるとしてマリア・テレジアに代表されるように禁止令を出した人物もいた。また仮面舞踏会はしばしば悲劇の舞台にもなった。スウェーデン国王グスタフ3世は1792年、仮面舞踏会の最中に彼の統治に不満を抱く貴族ヤコブ・ヨハン・アンカーストレム(Jacob Johan Anckarström)によってピストルで暗殺された。この事件はウジェーヌ・スクリーブのオペラ『ギュスターヴ3世』や、ジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』の題材となっている。

スイスの伯爵だったヨハン・ヤコブ・ハイデガー(Johann Jacob Heidegger)は1710年にヴェネツィア式の仮面舞踏会をロンドンのヘイマーケット・オペラハウスで開催した。ハイデガーは「スイスの伯爵」の名で有名人となり、18世紀のイギリス、および北アメリカ植民地において仮面舞踏会は大流行した。一方で仮面舞踏会やこれを紹介したハイデガーに対して、道徳や倫理を麻痺させるという厳しい非難が各界から浴びせられ反対運動も起こった。ウィリアム・ホガースは仮面舞踏会の隆盛やハイデガーを風刺する版画を出版しているほか、仮面舞踏会の存在に反対する物書きたち(その中にはヘンリー・フィールディングもいた)は、イギリス国内に反道徳性や「海外からの悪影響」を広めるものとして仮面舞踏会を批判している。彼らは権力者に対し仮面舞踏会反対の説得を行ったが、これを禁止するための手段の強制力は散漫なものにとどまった。

仮面舞踏会は招待客同士のゲームとして開催されることもあった。仮面をした客たちは正体が誰か分からないような服装をし、互いの正体を当てあうゲームを行った。このゲームの影響で、人物の正体を混乱させるためによりユーモラスに工夫された仮面が登場している。

仮面舞踏会は今日も世界中で行われているが、パーティーの雰囲気作りが強調され、社交ダンスの部分はあまり強調されなくなった。より砕けたハロウィンなどの仮装パーティーが、かつてのあやしい仮面舞踏会の伝統を受け継いでいる。現在に残る代表的な仮面舞踏会は、ウィーン大学の同窓生らによる舞踏会「ルドルフィーナ」(K.Ö.St.V. Rudolfina Wien)などである。

仮面舞踏会は非常に絵になる催しであるため、文学や音楽の題材となってきた。エドガー・アラン・ポーの短編『赤死病の仮面』では、赤死病という疫病を逃れて修道院に立てこもる貴族たちが開いた仮面舞踏会に、赤死病患者を思わせる不吉な仮面をかぶった人物が現れる。ヘルマン・ヘッセの自伝的小説『荒野の狼』(Steppenwolf)ではチューリッヒの仮面舞踏会が重要な舞台となる。また18世紀イギリスの上流階級を舞台にした多くのロマンス小説では、仮面舞踏会が舞台となったりプロットを進める上での道具になったりする。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

なんで舞踏会に「仮面をつけて参加!」になったんでしょうね。

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2009年12月25日 21:37に投稿されたエントリーのページです。

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